恐怖感とどう向き合うか

こんにちは、ポジティブ心理学博士 山口まみです。

今回の熊本の震災で建物の半壊や倒壊、道路の断絶など目に見える被害もたくさんありますが、心の傷(トラウマ)という目に見えない傷を負った人もたくさんいます。

正確には、今回被災した人全員が、大なり小なり何らかの影響を心に受けたといえます。

ライフラインが復旧するまでは、食べ物、水、寝る場所の確保など、私たちの意識は「生存」(サバイバル)に向かっていました。

ところがライフラインが戻り、これまでの生活に近い様相を少しずつ取り戻してくると、今度はトラウマの後遺症が表に出てくるようになります。

これは身体が突然の打撃や傷を受けた時と同様です。

傷を受けた瞬間には、ショックで痛みの感覚が麻痺しているものの、安心できる環境に身をおいた途端に傷の痛みが鮮明に感じられるようになります。

今回の震災においても、

今までは半分麻痺していた恐怖感がリアルに感じられるようになった。
夜は些細な物音に対しても過剰に敏感になり、ほとんど眠れなくなった。
急激に虚脱感や疲労感を感じて、何もやる気が起きなくなった。
今度は家から離れるのが怖くて、家に引きこもるようになってしまった。

様々な症状が出てきています。

いずれもベースは「またあの恐ろしい体験を繰り返すのではないか」「命が脅かされるのではないか」という「恐怖感」です。

恐怖感は人間の「命を守る」という生存本能と密接に結びついているため、これを完全になくしてしまうことは不可能です。

でも、だからといって「恐れ」を紡ぎだす思考にフォーカスしていると、気分は滅入り、思考もさらにネガティブなものになり、ますます恐れを増長することになってしまいます。

ただ、ここで誤解のないように追記しておきますが、感情には「いいも悪い」もありません。

なぜなら、全ての感情にはきちんとした意味と役割があるからです。

ですから、まずは「恐い!」という気持ちをありのまま受け止めてあげることです。

「怖かったね。恐ろしかったね。こんな状況で恐怖を感じるのは当たり前だから感じていいんだよ。」と自分に声かけしてあげましょう。
その上で、

「でも、もう大丈夫だよ。こうして無事でよかったね」
「たくさんの支援&応援を受けられる私たちは幸せだね」
「今は考えなくてもいい。自然と時間が解決してくれることもあるのだから。」
「人生で一番大切なことは何かということを痛感できる体験をしたのだから、これから私たちの人生、きっとグングンよくなっていくよ」

という風に、自分の気持ちが少しでも軽く明るくなる声かけをするのです。

つまるところ、「恐怖感」の度合いを決定しているのは、自分の思考です。

なぜなら、同じ被災体験をしているはずの家族であっても、どれだけ地震に対して「恐怖感」を抱いているかには驚くほどの個人差があります。

また子ども達の中には、今となっては「恐怖感」を微塵も抱いていない子どももいます。

我が家の6歳の娘も、昨日は自宅で震災後初めて床につきましたが、自分一人で寝るからとさっさと寝室に行き、防音用のヘッドフォンを頭にかぶり、あっという間に寝入っていました。

そして、今朝は一人で5時半に起き出し、すぐさま学校の制服に着替え、今日から再開した小学校に意気揚々と登校していきました。

自分の思考が「恐れ」という感情を作り出していることに気づいたら、その思考を少しでも前向きに変える努力をしなくてはなりません。

なぜなら、そのまま思考を野放しにしておくと、「恐怖感」をさらに増長させ、私たちの心身を弱めてしまうからです。

感情をガイダンスにして、意識的に思考をコントロールしていく。

これが「心の筋肉を鍛える」ということです。

余震が続く厳しい現状下にあって、これは確かに「言うは易し、行うは難し」だというのも分かります。

でも、自分の「心の舵取り」は、あなた以外の誰かがあなたのために行うことは出来ません。

「恐怖感」が自分を苦しめているのなら、それを作り出している思考を意図的に変えていく。

心がなかなかついてこなければ、体からでもいいから動かしてみる。

自分が好きなことを、どんなことでもいいから少しでもやってみる。

少しずつでいいのです。

一歩ずつでいいのです。

昨日より今日、今日より明日。

きっと良い未来が待っています。

その未来に向けて「恐怖感」という呪縛から自分を解き放つためにも、私たち一人一人が心の筋肉を鍛えていかねばなりませんね。

愛を込めて
山口 まみ 拝

追伸、
先日かかったノロウィルスからほぼ完全復活です。まだ娘のパワフルなエネルギーに対抗するまでの力はありませんが、健康であることの有り難みをひしひしと実感しています。どんなときでも「体が資本」ですが、非常時の今は特にそうだと実感しています。嘔吐が続いていたときは、大きな余震がきてもビクともしない自分を発見しました。「意識(思考)がどこに向いているかで気持ちが変わる」。ノロウィルス感染が、またそんな大事なことを思い出させてくれました(笑)。